ギャラリーC.A.J.
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第1回  石田明里×コンドウヒトミ>>>石田明里さんプロフィールはこちらから

コンドウヒトミ
最初に少し私自身のことも含めてお話させていただこうと思います。
私は2007年このギャラリーをはじめました。最初にジュエリーに関しての資料などを集めていく中で悩んだことは、日本で研究書のようなものがあまりに少なすぎて、私自身何を目標にすればいいのか分かりにくかったということです。情報を集めれば集めるほど糸口は海外にしかないかもしれないように思え、日本の状況もコンペや学校情報以外、それぞれの作家がどのように活動をしているか良く見えてきませんでした。 結果として、私の周りの人もまだこの分野を知らないのなら最初は啓蒙活動としてはじめるしかないと思いました。ギャラリーをはじめて今年5年目になりますが、問題は山積していますし、今でも、日本でのジュエリーの分野について私なりの切り口を模索し続けています。
最近は境界の作家、越境する作家というのが増えてきていて工芸の素材を使って現代美術のギャラリーで発表される方も増えてきていますが、数年前までは、そんなこともなかったように思います。ジュエリーと出会った当初、私がこの分野が面白いと思っていたのは一番現代美術に近い工芸の分野のように感じていたからでもあります。工芸という言葉はどうもしっくりこないので,アプライドアート(注1)とかアート&デザインですかね。コンセプトもあって、テクニックもしっかりある。そして、身につけるということでより身近なところから人々の意識や概念を変えていけるコミュニケーションツールになるということに魅力があると感じていました。
ただ、ギャラリーを始めて分かったことは、人によっては身に付けるという行為があることで、現代美術系の方には工芸的だからといわれ終わってしまったり、ジュエリーということで女性限定のように思われたり、作品そのものを見る以前にジュエリーという言葉そのものが足かせになっている場合があることも否定できないと思うようになりました。また、既存のアクセサリーと比較をされ、国内マーケットが確立していないせいもあってか正直なところ作品であっても価格が高いと思われることもまだまだあります。コンテンポラリージュエリーという言葉をどのように認知していただくかということも大きな課題です。
人はおそらく3秒、4秒でその作品が面白いとかそうでないということを頭の中で判断しているかと思います。その時に感動したり、面白いとか、作品に疑問を抱いたりするでしょう。そしてプラスアルファとして、作品のコンセプトに納得できるものがあれば、その作品の評価は自分の中でさらに上りますよね。しかも、それを家の中だけで留めるのではなく、自分というキャンバスに身に付けて歩け、第三者にも意識させることが出来るなんて、コンテンポラリージュエリーって興味深い分野だなと思います。
前置きが長くなってすみません。
石田さんは現在、このジュエリーの分野に関して、何かしていきたいと考えて作家さんなどと勉強会などもされたりしていますよね。おそらく、このままではいけないという思いもおありだと思うのですが、そこのところをお話いただけますか?

石田明里
私達が始めたのは勉強会という程の事では無いのですが、日本語で書かれた文献収集の様な事をやっています。日本におけるアートジュエリーの歴史を、明治あたりをスタートとするのか、第二次世界大戦後からとするのかは意見が分かれるところですが、その様な事も含め、自分自身が色々と考えてみたいと思ったことがきっかけです。コンテンポラリーとは日本語で"同時代"。今、この瞬間なわけです。
今、私達が立っているところが過去の繋がりの末端部であるならば、未知である未来への道標は過去を探ることで見えてくるし、それ無くしては簡単に道に迷ってしまう。 自分を縛るものではなく、ちゃんと前に押し出す為のものとして歴史を活用していけたらと思っています。それはコンテンポラリーという事でやっていくなら必然的にどこか出会う課題だと思いますし、インターナショナルなスタンスで活動して行くなら日本については外せないでしょうね。
日本は装身具の歴史が浅いから、といった日本宿命論みたいなのが良く出てきますが、あまり気にしてないです。私はヨーロッパに留学していた事があるんですが、確かに向こうは宝飾品の歴史は長い。でもそんなことより、ジュエリーでコンテンポラリーやるぞ、と覚醒した人達の、歴代のアーカイブっていうか、やはり第二次世界大戦以降から今へと至る研究資料がものすごい(更に教諭陣が教育機関を転々と移動するから口述伝承みたいなのもすごい)。ヨーロッパも基本的に大戦でメチャクチャになっちゃったわけだから、この分野については、あっちもその辺からのスタートという見方があってもおかしくないと思う。だから、日本にも同じ時間軸で独自の歴史があるはずで、今それが気になって仕方ないんです。

コンドウヒトミ
そうですね。歴史をおさえることって重要だと思います。日本は古墳時代になんかは大陸からの影響もあり耳環などは様々な合金が用いられ現在と同様のテクニックも既にあったようです。ジュエリーがなくなっていったのには諸説ありますが、貴族がそれぞれ身を飾るようになって華美になっていったため冠位十二階を制定し法で規制したという説は面白いなと思いました。それまではネックレス、リング、イヤリング、ブレスレットのようなジュエリーがあったのに。その後、農耕民族であること、気候的なこと、仏教の伝来、ジュエリーの要らない衣服の発展などにより、かたちを変えた装飾が出てきたということでしょう。また、1500年代後半ルイス・フロイス(注2)が日本人は金属のイヤリングやブレスレット、宝石のついたリングなど貴金属を身につけないと記しています。ただ、キリシタンが十字架やメダイ(注3)をつけていたようではありますが、意味合いは異なるでしょう。私たちが身につけているようなネックレスやリングが出てくるのはやはり近代になってからですね。それまではある意味空白の何百年ということになるのでしょうか。
確かにアールデコの時期など面白いものはあったと思いますが、現在のようなアートジュエリーということになれば、個々人では作り始めていたのでしょうが1960年代ごろからのヨーロッパからという印象です。ということは日本に情報が流れてきていて一つの動きになったのはほんの10年までの誤差しかありません。ただ、ヨーロッパでのアートジュエリーは西洋美術史であったりモダニズムなどの流れ、宝飾へのある種アンチテーゼ的意味合いなども絡み合って生まれてきているので、本質的には日本のアートジュエリーとは違っていたかと思います。そう考えると日本はアートジュエリーに関して言うなら、日本できちんと土を耕す前に外国の根のない切花を持ってきてしまったような感じは多少なりともあるのではないかと考えています。かといってそれを悲観的に捉えることはないんだと思います。日本人である私たちの持っている工芸的感覚、素材感や抽象的な感覚というのは文化的、宗教的な背景も含め面白い部分があり、そういった面を含めアートジュエリーのなかに出てきたと思えば、西洋の影響は受けたものの異なった感覚での誕生と発展を遂げているとも見られるわけです。ただ今やすでに何が日本かというのが難しいですけれど・・・。私はこの背景があってのコンテンポラリー〈同時代性〉というものに魅力があり、国際的にという意味も含めて将来があるように思っているんです。ヨーロッパの国からは少しジュエリーの後進国のように思われている嫌いがあるのですが、美術の成り立ちと文化差によって違いが生まれていると考えています。
だからこそ、日本のジュエリーの歴史を抑えることは重要でもありますし、見直さなければならないのだと思います。面白そうですし是非私もその勉強会に参加させてください。 あと、インターナショナルなスタンスということについて石田さんのご意見お伺いできますか?

石田明里
私が言う"インターナショナルなスタンス"というのは、あくまでも作り手という立場での個人的な感覚の話になるのですが、自分自身は常に「私」という主語を大事にするようにしています。私はどう感じ、私はどう行動するのか、という事に国際的なシーンでは特に集中します。
表現者としては、常にボーダレスな感覚を持っていたい。もしナショナリティーやジェンダーをテーマにすることがあったとしても、それは自分を客観視するところから始まりますよね。その囲いの中にどっぷりとハマっていると、意外と意識しない事というのが沢山あります。ボーダレスな感覚というと、"日本を知る"ということと矛盾すると感じるかもしれませんが、むしろ知らずしてボーダレスにはなれない気がします。
何がボーダーか解からないわけですから。
人の作品を見るときも同じで、エキゾチズムの先にある個人の視点や感覚を探るようにしています。

コンドウヒトミ
なるほど。確かに、枠を知らないと枠は超えられないものですよね。作家によっては枠も知らないまま制作し続ける方もいらっしゃいますが。そこは自分自身を客観視できるかどうかで、プロと趣味の方と分かれるのだと思います。このコンテンポラリージュエリーは、海外で勉強してきた方も多いという理由もあるのでしょうが、インターナショナルな視点を持っている方、発表をされている方が他の分野に比べ多いですね。そういう方は日本のジュエリーということも考えていらっしゃるように思います。それが、国内にもアピールできる要素でもあると思っています。石田さんは、ORIZZONTIというグループでの活動、またはご自身の活動を通して、国内外にどのようにアピールされていこうと考えられていますか。

石田明里
ORIZZONTIはイタリア時代の同窓生と共に運営しているオーガナイズグループです。 純粋にアーティスト・ランのチームなので、個々の制作についてはお互いノータッチなのですが、やはり一人では出来ない事に挑戦して行く為にはあるチームが必要だという考えから発足しました。学びのベースがいわゆる日本の芸・美大スタートで、そこからなんらかのモヤモヤを抱えつつイタリアへ留学(しかもコンテンポラリーでイタリア)、という事が全員共通していまして、まあ原風景が似ているというか、チームのアイデンティティは非常に保ちやすいです。
表現の部分でも、比較的モノの存在をしっかりと見せ、その中にある詩情に重きを置く部分などは日本とイタリアは良く似ていると思います。もちろん全てが全てでは無いのですが、おそらくどちらも"Poetico(詩的)である"事に対する独特な考えがあるのだと思います。コンセプトだ、メッセージ性だ、とか何だかんだ言われても、どうもしっくり来ないなぁ〜と思ったとき、詩情、とか言われるとストンと落ちた感があったり。
少なくとも私はオチ易い(笑)。
こういったちょっと抽象的で感覚的なことって崇高さを欠く、みたいな兆候ってあると思うんですが、むしろこれからはそここそ皆さんに見て欲しいと思ってます。あとアプライドアートの強みとしての物質感、その2つのコンビネーションですね。
そういった点も踏まえて、私はCAJのセレクションにとてもシンパシーを感じるのですがその辺り、コンドウさん的にはどうですか?

コンドウヒトミ
イタリアと日本が似ているんですか。抽象的感覚ということをきちんと言語化してアピールすることができたら一番分かりやすいだろうと思っています。数学者で教育者でもあった岡潔(注4)も、自分の数学は日本人的な情緒的な感覚から生まれてくると考えていましたし・・・。日本人でいろいろな方がそこには言及していますが、別の意味で日本に関して研究してい海外の文化人類学者の方はそういう部分も含めよく日本を捉えているなと感心しますので、逆にその言葉も借りることはできるかもしれませんね。
個人的には詩的ということと関わってくるのだと思いますが、ジュエリーはコミュニケーションのツールになるということも重要だと思っているので、私は最初に作品から物語を紡ぎだせるかどうかを大切に思っています。当たり前なのですが私が紡ぎ出せないと感動も含め相手にも伝達できないですよね。作品が一番重要であることは当然として、それを語れる言葉も重要ではないかと考えています。ただ研究者でも評論家でもないですし、こういった分野なので、あまり受け手に説明しないこともありますが、私の中ではきちんと言葉を持つようにしています。
また、テクニックは大切です。コンセプトがあっても最低限のテクニックだけはあって欲しいと願っています。もし、パーツを組み合わせたり、レディメイドのものに手を加えただけのものでしたら、作家自身にモノを超えるぐらい強烈なコンセプトや個性があって欲しいです。また、テクニックで感動することがあっても物語が紡げないという場合、コンテンポラリーとしてどのように成立するか、私なりに意味と言葉を考えなければと思っています。テクニックと物語性にいついてはORIZZONTIとリンクする部分なのかもしれませんね。
それとモダニズムの延長線上で語れる作家は多いと思いますが、その次にでてくる日本のジュエリーはなんだろうかと考えています。それはもしかしたら感覚として前近代的なテクニックなどを用いた感覚のあるものかもしれませんし、そうでないかもしれない。抽象的な感覚ということをきちんと言語化して提示することで新しい可能性もあるかもしれません。単なる伝統回帰での日本アピールといった手法のものではなく、次の何か。現代美術の方々も工芸の分野でも皆さん次の一手を考えているようなので、そこも把握しておくべきだと思っています。そういったことも含めて、トータル扱っている作品にひとつの方向性はでてくるのだと思います。
また、日本のジュエリーということを考えていくとサブカル的なこと、ガールズカルチャーの文脈も必要なのかなと考えています。以前作家に依頼をしたこともあったのですが、急に大きな仕事をされ作家として確立してしまったので、諦めたことがありました。業界の方にどう思われるかは分からないのですが、実はチャンスがあればそこも抑えておきたいなとは思っています。私自身がまだまだ分からないのでジュエリーって?を問いながら答えを求めている感じなんだと思います。
私はせっかくはじめたのだからCAJの中でジュエリーに関して一つ何かクリアしなければならないと思っていますし、石田さんも個人の作家活動プラスORIZZONTIというオーガナイズグループとして発信を続けてられていますね。私は一つの動きにするためには点と点を面にしていく作業も必要ではないかなと思います。石田さんもそう考えたように個々でやっていくよりも、ある時にはひとつのくくりとして動くことで広がりがでるような気がします。それは分野を超えたサポートも必要になるかもしれませんし、可能性はいろいろとあると思います。

石田明里
なるほど。
抽象的感覚を言語化するというと、まずパッと"文学"のイメージが浮かびます。
原則的にはそれらの抽象的感覚を、"造形"として具現化するのが作り手である私の仕事だと思っていますが、現在はオーガナイズの仕事を通して言語化の大切さも感じています。
言語化と造形、その二つを両立させるのは至難の業です。なぜなら、その二つの事は時に反発しあい、それぞれの自由さ(それは見る人にとっての自由でもあるし、生み出す側の自由でもある)を消してしまう恐れがあるからです。でも、自分の中で作家、オーガナイザーという二つの仕事をきちんと分けることで、それは成立しうるだろうし、現在その両方に挑戦する事が、私にとってすごく刺激になっているところです。
文学と造形というキーワードは、まさに2009年にCAJで遣らせて頂いた個展でのテーマですよね。あの時はシルヴァスタイン(注5)の「歩道の終る場所」という詩をインスピレーションソースに作品を作らせていただきました。とにかく、自分としてはとても難しかったのを覚えていますが、すごく良い経験でした。あの時ほど言語と造形の二つの表現について真正面から悶々と考え続けた日々は無いです。その二つを"作家としての自分"という一個の箱に同時に入れながらの仕事でしたから。
でも、やり終えても、まだまだ何かやれる!と思いましたね。
また言語&造形をキーワードに是非何かやりましょう。
他分野の方々と組んでも面白いでしょうし、まだまだ色々と出来そうですね。
コンテンポラリージュエリーは越境出来るのが大きな魅力だと思います。
しかし、そうなると企画者側がしっかりとしたテーマを掴んでいないとワケわかんなくなるんですよね。そこで企画者がいかに"言語化"によってそれらのモワっとした面白さを切り取れるかにセンスが求められるわけです。
余談ですが昔、高校生の時にキュレーターに憧れていたんですが、ならなくって良かったです(笑)。

コンドウヒトミ
すごいキュレーターですか。広くアートを捉え位置づけし、文章を書き展覧会をする仕事って大変ですよね。アーチストも戦わなければならないし、コレクターと観客が一番ものそのものを楽しめますよね。私の立場としたらディレクターとかギャラリストなんでしょうが、どうなんでしょう。分野を分かっていただけない方にはいつもショップのオーナーとも言われてしまいますが(笑)そういわれている間は頑張らないといけないですね。
確かに、言語と造形に関して言うなら、難しいことも多い。私自身も苦労しているところです。私も含め皆が皆できることではないでしょうし、それぞれに役割もある。作家が補強するものではなく評論家であったり、ギャラリストがすることでもあるでしょう。ただ、ジュエリーといわれる分野においても、作品について一旦言葉に置き換えること、きちんとステイトメントを書くことは重要ですし、人によっては言葉からの確認作業も大切ですし、言葉から生み出す経験もあってもいいかなと思います。それによって自分の脆弱な部分が理解できれば、弱い部分を鍛えてアピールする方法もあるでしょうし、確認作業も含めてちょっと試しに石を投げてみてもいいのではないかと思います。そういったことも含めてはじめた企画ですが、対談として結論を出すことより、これから私たち自身も悩み戦い、方向性を考えていかなければならないので最後はオープンエンドにしましょうか。 石田さん今回は最初ということで、お互いの方向性の確認作業のようになりましたが、ご意見伺えて良かったです。いろいろとありがとうございました。

石田明里
こちらこそ、とても良い刺激になりました。
この様な機会を作って頂けた事に大変感謝しています。
是非また続けて行きましょう!

 
注1)アプライドアート:絵画や彫刻をさすファインアート(純粋芸術)の対義語で応用芸術と訳される。 工芸やデザインなど、実用を伴うもの。   ⇒元の場所へ戻る
注2)ルイス・フロイス:ポルトガル出身のイエズス会宣教師。戦国時代に来日し、『日本史』をはじめとする貴重な日本研究文献を著す。著書『ヨーロッパ文化と日本文化』。   ⇒元の場所へ戻る
注3)メダイ:日本では御メダイともいい、キリスト教徒が信仰のために身につける聖母マリアをかたどったペンダント。   ⇒元の場所へ戻る
注4)岡潔:昭和初期より活躍した日本を代表する数学者・教育者。「ヨーロッパの知性」と「日本の情緒」についてユニークな言説を展開。   ⇒元の場所へ戻る
注5)シェル・シルヴァスタイン:米国の作家、イラストレーター、シンガーソングライター。代表作に『おおきな木』。   ⇒元の場所へ戻る
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