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第4回  大地千登勢×コンドウヒトミ>>>プロフィールはこちら

コンドウヒトミ
大地さんと知り合ったのは去年ですね。
黒川雅之(注1)さんのところで、ジュエリーを担当されている方がいらっしゃるとうかがって、初めてお会いしたのがちょうど一年前ぐらいですか?勢いのある人だなぁと思っていました。(笑)京都でジュエリーをコーディネイトされたショップでイシカワマリ(注2)さんの展覧会を同時開催しましたね。
大地さんとはジュエリーについてお話しすることがなかったので、今回は良い機会だなと思っています。 私はデザインということに関して、正直あまり分かっていなくて、大地さんは作家をどういった立場というか、捉えられているのかなぁと思っていたんです。デザインは最終的にマスに向かうものでアートはコアな部分にというか唯一無二ではないけれど少し向かっている方向が違うように思っていて、そこら辺のところ、大地さんが目指している方向というのはどこかなぁと 知りたいなぁと思っていました。

大地千登勢
ヒトミさんと出会ったのはそう今頃ですね。今日は夏至ですがちょうど1年位、もうそんなに経つのですね。なんか随分前から知ってる様な気がします。
勢い、名前が千登勢で、千まで ダッシュ クライミング ですから、中国人には、いつも男子と間違われます。(余談ですみません!)
イシカワマリさんの共同展示は素晴らしいオファーを頂きました。黒川がその前にヒトミさんにお会いされていて、”なにか一緒にやらない?”なんて声かけてもいたようですね。
この世界(わたしは、アートジュエリーとよんでいます)はまだまだ知られていない世界で、なかなか一緒にやろうと思える方は正直あまり出会ってなくて、でもヒトミさんはお会いした時、感覚的によいかも、勝手にピンときました。
うまく言えませんが根底でもう迷わず自分の道をもっていらっしゃる気がしたのです。それと、やはりこの世界を広げて行きたいと思っていらっしゃる。ある部分観点が同じだけど、違う世界でやってらっしゃる気もしたからです。
それと、テンポがヒトミさん独特でとても興味が湧きました(笑)
なので、まずヒトミさんに興味をもちましたね。

デザイン、わたしもわかっていないのですが、結局根底は同じだと想います。わたしのボスは黒川雅之氏、建築家、デザインでは大御所です。彼をみていて、それと彼の時代の人たちの作品を見ていたり、話を聞いたりして思っているのですが、最初は、デザインも”自分が創りたいから、表現したいから創る”というものが根源なのです。
時代のせいなのか?人にもよるとおもいますが、あまりにもデザインが今そこから離れている気がします。そんなデザインは残らないし、本当の感動も生まれない。
人が手がけるものには、感動や心が動く、というemotionalなものが必ずあると思うし、それがなければいいものはなんであれ生まれないと思うのです。
根底は同じで、そこからそれぞれの役目に枝分かれしていく、と考えています。
デザインだと社会性などですね。
それと個人的にぎりぎりの境界線という部分が好きです。この前もレクチャーをしたときに、黒川にコメント貰っていたのですが、例えば、倉俣史朗(注3)さんの作品はデザインでありアート、ぎりぎりデザインです。
わたしの扱ってるJewelry artist : Ulrich Reifhofer(注4)Kの紹介ページ)彼の作品もぎりぎりjewelryです。この、ギリギリ感に出会うと心が踊りますね。笑

コンドウヒトミ
私は倉俣史朗さんの作品をアートという感じで認識したことがなかったので、改めて思うのは実はどこからの境界か、見る立場から異なっていると思いました。デザインとアートのギリギリですか。

それで思い出しましたが数年前に都現美(東京都現代美術館)で『アートとデザインの遺伝子を組み換える』という副題のついた展覧会に行きました。展覧会としては面白いものでしたが、アートとデザインがどう異なり、組み換えを起こせるのかが明確になるというより、アートが参加型のエンターテイメントになっていると感じて帰った記憶があります。こちらはおそらく境界を超えて、組み換え起こしているぐらいの作家を集めていたのかもしれませんね。デザイナーといえば、ジュエリー作家に勧められてずいぶん前に原研哉(注5)さんの『白』を読みました。日本人の持っている感覚、美意識について書かれてあってそれは面白く読みました。感動ということはおそらくどの分野においても重要で、心を動かす動かされる作品というのは大切ですね。大地さんがおっしゃるように根底は同じで、それぞれの役目に枝分かれしていっているのかもしれません。

ヨーロッパやアメリカではジュエリーはアプライドアートとも言われますが、アート&デザインの領域なんです。私が自分の扱っている作家のジュエリーをアートフェアに持っていくとしたら、やはりアート&デザインのフェアになるんですね。Collect(注6)とかNYSofa(注7)とかになるんだろうと思います。海外では日本のような工芸の概念があるわけではないのでアート&デザインになるんです。工芸=アート&デザインではないということです。
でも、大地さんがフェアに持っていくとしたらミラノサローネ(注8)などのフェアですよね。デザインといわれている分野も方向が実は細かく分かれていて面白いなと思いました。境界の見方も、私がジュエリーを面白いと思っていたのはアートと工芸の狭間ですし、大地さんはデザインとアートの境界。

そこで思ったのは、私がなぜアート&デザインの領域であるジュエリーをデザインの領域として捉えられないのかといえば、私が扱っている作家の多くは日本人です。私自身が海外での美術教育も、日本での美術教育も受けていないので、デザインというより工芸という領域のほうが皮膚感覚的に、そして言語感覚としてもしっくりくるのだと思います。デザインって何?と身構えているのかもしれません。でも、良く考えればアメリカやヨーロッパで勉強された方がジュエリーデザイナーという肩書きにすることは自然のことなのかもしれないですね。

大地さんのジュエリーのお客様というのはどんな感じですか?東京ということもありますし、どういう方向なのかなぁと。
CAJは比較的お客様層が比較的はっきりしていて、40代以上の女性が半数以上を占めています。外国の方が1/3、京都以外の方1/3、京都の方1/3という割合です。ジュエリーを広めたいという意識もあるのですが(もちろん、皆に持ってもらって広めるということをしないと作家は生きていけないのですが)最近はこの分野を知ってもらって選択肢の一つにしてもらいたいということなのかなと思っています。

大地千登勢
私も、海外・日本の美術教育というものをうけてないです、実践しかないです。笑
  アート、デザイン、工芸、国が変われば呼び方も価値観も変化してしまう。だけれど共通認識のようなものが必要だから言葉で捉える事もすごく重要だとも思います。
だけど、わたしはこれがアートだ、工芸だ、デザインだ、とあまり言いたくないと思っています。
手段として使う時はありますが、気持ちは ”美しいもの” それだけなんです。
言葉がある種、人をシャットダウンしてしまう時がありますよね、私はそういうことがあまり好きでない、美しいものだったらなんでも伝えたい。その気持ちだけなんですよね。
じゃ、美しいもの をどうやったら見分けられるようになるのか、探せるのか。
これは育った環境と時代ですね、今になってようやく私は本当に恵まれていたと思います。今気づけば、工芸だといわれてるものは、小さい頃から身近にあり、父は酒好きで、自分で焼き物を作るということもやって、土を捏ねとっくりや盃など作っていました。生まれた場所は九州ですが、色々な素晴らしい焼き物があります。それを小さい頃から見に連れて行かれて、水車で土をこねるところとか見ていました。母親は食が大事な人なので、器、お重箱やら凝るし。お琴、お花も、、、でも本当に日常なんです。
恵まれた家庭でもない、普通なんですがそのような文化が普通にあるところでした。
私は強制的に?日本舞踊を小さい頃やってました。
自然は豊かで、祖父は牛を飼っていて、私は外で遊ぶ事しかなかった。でもそこで本当に豊かな色彩感覚や美しいものをみるという感覚は育てられた気がします。
その後20代はずーとフランス文化と接する事になりました。私の前の師匠はフランス人だったのですが(きついけれど、情の厚い女性でした 笑)彼女が言っていたのは、日本には素晴らしい文化があるから、フランス文化も理解し受け入れられるということを言っていました。
なので何が言いたいかというと本当にいいものはなんだろう?と見破る事のできる目と価値観を持つ事が一番大事だと思います。その後知識はついてくる。でも今の時代はものに溢れ、それもどうでもいいものが多い、自然に触れることもなかなかできない。そんな中で生み出されるものって何だろう?って、 不安になります。本物に接していないと、本物は見抜けないし。何がいいかということも見定められなくなるし。
長くなってしまいましたが、根本を問う必要性がありますよね、そしてそのような時代に突入しましたね。
本当に、美しいものや価値とは?これから180度変わっていくと思います。
そこでわたしはこのArt jewelryというものはどんどん評価されて行くと思います。

O-Jewelのお客様は様々です。学生さんから、女優さんやら、OLさんもいますし、場所柄、知るヒトゾ知る的なとこもあるので知らない人はなかなか来れないです。苦笑。
わたしもヒトミさんと同じで知ってもらうことに今一番重点をおいています。せっせとblog やfacebookを活用しています。

コンドウヒトミ
確かに今回の震災以降、美術やいろいろなもの、事柄が変わっていくといわれていますね。
私自身のなかでも揺らいだもの、そしてこれだという確信に変わったことがあります。
本物を見抜く目というのは一番難しいことかもしれません。大地さんの場合幼少期から本物に触れることで見えてきたものもあるのでしょうね。
ただ、都会では、ペットボトルでお茶を飲み、合板材に溢れた建物で生活し、スーパーに行けば器の模様にプリントされたプラスチック器に食事が盛られているのが普通です。疑問も抱かずにいる場合もあるでしょうが、中にはそういう生活に疑問を抱く人もいて、本物探しはちょっとしたブームにもなっているかもしれません。地方のクラフトフェアの人気も高まっているのもそういった理由からかもしれませんし、ちょっと前から本質的な生き方を求めて農業や田舎暮らしに向かう人もでてきていますね。有機野菜や若手作家の焼き物ブームや、今の時代の流れもどこかそういう部分があるのだろうとみています。脱近代の一つですかね。

友人の作家がある比較の授業を女子大でしたそうです。100円均一で買った手作り風湯飲みと手作りの湯のみ、どちらが手作りのものか。見た瞬間には分からない女子大生もいたようですが、中には触って分かる子もいたようで、それはちょっとほっとします。それを理解して使っている場合とそうでない場合というのではずいぶん違うかもしれませんね。今は無理でも、いつかは一つぐらいと思ってくれるようになるといいですね。
本物を理解する目というのは、やはり環境的なものも大きいでしょうし、問題意識もあるでしょうからすごく難しいとは思うのですが、自分を信じることやブレないということが大切かもしれません。誰に言われようと自分はこれが好き、これを信じられるというもの。

少し話はそれますが、私は10年以上前に、中国の田舎の骨董街で鴨の置物を買ったことがあるんです。好きだから、カモを集めているから買ったんですね。でも、ある時、骨董商の方が我が家に来られて、「それは偽物です」って教えてくださったんです。古くないですよという意味で。親切に「恥ずかしいから置いておかないほうがいいかもしれませんね」とアドバイスまでくださいました。えーだまされたとも思いましたが、その一方、置いていてはダメなの?とも思ったんです。本物としてはダメかもしれませんし、見る目がなかったということになるのでしょうが、置いておきたいと思いました。一応場所は降格しましたけど。
また、あるときは古いケヤキのお盆があって、和染みが沢山あったので少し削って拭き漆をしてもらったことがあります。いざというときのために普段使いにしないほうがいいといわれたこともありました。どちらも仕舞っておいた方がいいということなんですが、両方とも使って、置いて、良さとダメさを確認?しています。古いものは好きですし骨董街にも通ったりしましたが、やっぱり難しいです。本物を見抜くっていうのは。だからプロがいるんだと思いました。これは危険だと早々に手を引きましたが、自分を納得させる言い訳をいっぱい考えて何年かに一度ですが、普段使いのものを東寺で買ってしまうんです。(笑)

本物の意味が少々違いましたが、自分にとって本物だと思えるということが大切で、素直にこれこそが自分が好きで信じられるということが重要なのかもしれませんね。
それが、私達の中のひとつにジュエリーがあるということなのかもしれませんね。これ一つで私の世界を変えてくれ、豊かにしてくれる。私を物語ってくれ、守ってくれる。それがジュエリーにはあると思っているんです。

ところでブログやフェイスブックって先端な感じですね。どんな影響というか、人とのコミュニケーションも生まれるでしょうし、どんな化学反応がおきますか?実は海外にいた時、Hpなども作って今でいうブログをアップしていました。より個人的なことでしたし、その期間、友人知人とはあまり連絡も取れないので、こんな感じで生きてますよというお知らせと、私のための1年間の記録を目的にしていましたので、帰国してからは閉じました。

大地千登勢
ヒトミさんは海外どこにいらっしゃったのですか?
なんだか、おかしな話かもしれませんが、ヒトミさんは生まれ変わる前の世界では白いお髭を生やしたすごい審美眼の持ち主の人で、色んな人に“もののみかた“というものを、物だけに限らず、生き方までも諭していた様な仙人みたいな、そんなイメージがふいに浮かんでしまったのですが、、、笑
尊敬しますね、冗談でなくてですよ。

“自分はこれが好き、これを信じられるというもの“大事ですよね。生きて行く上での軸になります。 ものに限らず、人って一生それを探していますし、それが少しずつでも増えていく人生って豊で幸せですね。なので、そのことを知ってる人は自分にとっての本物をいろんなシーンできちんと選べる。
だけれど、Jewelryと呼ばれるものの中にもそんなものがあると知ってる人がまだまだ少ないのですよね。
なので少しでも“知ってもらう、興味を持ってもらう”ということが大事だと私も思っています。
興味をもてもらえば、あとは一人歩きしてくれますものね。
Facebook , Blog もそのために活用しています。ほんとは、どちらも好きでなかったんです。
でも伝えることはせねばならぬ、と思い直してあまり言葉は使わず、ビジュアルだけで、見て下さる人が考えたり想像したりできるものに…と思っています。
それとやはり、日本はもとより、海外に対してコミュニケーションや情報を広げたいのでそれにはとても便利ですね。
レクチャーのお願いとか、海外からも日本からもふと思い出してくれたように依頼が来ます。
化学反応の起こる手前段階、化学反応してみようかな?と思う相手が結構見つけやすい。
なので、事が起こるまでの時間が短くなった気がします。
これからは、自分のBack Ground は大切にしつつ地球人として生きて行くことが本当に重要になってくると思います。また、この世界だけという狭いとこだけでなくいつも広い視野で、でも小さいところを大事にして素敵なものを伝えて行きたいと思います。
今度はちゃんとゆっくりヒトミさんとお酒を呑みながらお話をしたいです。いつも行き違いですみません…!
今回お声がけ頂き本当にありがとうございました!

コンドウヒトミ
2002年から1年間エジンバラにいたんです。その際にこのジュエリーの世界を知りました。大地さんのフランスのこと、私の海外でのことを話し始めたらきっと止まらなくなりますね。
ジュエリーということを思っても得意分野もありますし、大地さんが広げられる世界と、私が行っていることとで一緒にしていけることがあれば、それも面白い化学反応があるかもしれませんね。また、いろいろな人を巻き込んで何か一緒にしましょう!
お互い猪なので、突き進んじゃいそうですし、ストップしてくれる人も入れましょうね。ジュエリーでないと!(night)なんてイベントなんかどうでしょうね!?そして、危険領域に入らない際のところまで飲みましょうか。

 
注1)黒川雅之:名古屋市出身のプロダクトデザイナー・建築家。黒川雅之建築設計事務所/物学研究会/ デザイントープ/K主催。   ⇒元の場所へ戻る
注2)イシカワマリ:ドイツ在住のコンテンポラリージュエリー作家。   ⇒元の場所へ戻る
注3)倉俣史朗;東京都出身のインテリアデザイナー。日本的感覚に基づいた空間・家具のデザインは国際的に高い評価を得た。56歳で早逝。   ⇒元の場所へ戻る
注4)Ulrich Reifhofer:オランダ・アムステルダム在住のジュエリー作家。   ⇒元の場所へ戻る
注5)原研哉;岡山市出身のグラフィックデザイナー。武蔵野美術大学教授。愛知万博プロモーション担当。   ⇒元の場所へ戻る
注6)Collect:2001年よりイギリスで開催されているアプライドアートフェア。   ⇒元の場所へ戻る
注7)NYSofa:The International Expositions of Sculpture Object & Functional Art。   ⇒元の場所へ戻る
注8)ミラノサローネ:イタリアミラノで開催される、家具やインテリアの国際見本市。   ⇒元の場所へ戻る
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