ギャラリーC.A.J.
展覧会 お知らせ 作家 コレスポンデンス新着 お問い合わせ・地図 トップページ
top
List

 

第4回  井澤葉子×コンドウヒトミ>>>プロフィールはこちら

コンドウヒトミ
井澤さんと知り合ってからもう何年になりますかね。一番最初のことを覚えていなくって。確かコレクトかどこかでジュエリー作家の三橋頼子さんと一緒にお会いしたのが最初でしたか?それとも伊丹の工芸センターだったでしょうか。

井澤葉子
そうですねぇ、確かはじめてお会いしたのはたぶん近藤さんが2007年のLondonのCollectを見に来られたときだったように思います。

コンドウヒトミ
2007年イギリスのジャーウッドファンデーションのプライズにノミネートされていていましたね。CAJでも個展をしていただく前だったので、強行1泊ぐらいのロンドン滞在で見に行きました。
その後、一度作品のコンセプトのこと、イギリスのギャラリーのことなど我が家でながーいレクチャーをしていただいたので、ある程度のことは分かっているつもりですが、イギリスもここ数年で状況も変化してきているようですし、いろいろ教えてください。ジャーウッドの賞もすでになくなってしまったようですが、面白い賞でしたよね。毎年、今年はジュエリーとか今年は陶芸といった分野わけでの賞でしたね。

井澤葉子
ええ。ジャーウッドファンデーションはイギリスに拠点を置く芸術一般の活動を支援する財団で、ロンドンにジャーウッドスペースというギャラリースペースも持っています。絵画、彫刻、写真と並んでアプライドアート(応用美術:実用から発展したアート)の作品を対象に1995年から12年に渡って毎年ひとつのカテゴリー(テキスタイル、セラミック、家具、ガラス、メタル、そしてジュエリー)を選んで賞を贈るジャーウッドアプライドアートプライズを開催してきました。
2007年は(奇しくもこれが最後の年となりましたが)丁度ジュエリーの番が回ってきて、運よく私が最終選考6人の一人に選ばれたというわけです。わりとそれまでのキャリアも考慮される感じではあったので、卒業後本格的に'Veiled'シリーズを作り始めてから3年目ぐらいでショートリストされたのには自分でも信じられないぐらいの驚きでした。イギリスのコンテンポラリージュエリーシーンでもいろんな素材やコンセプトの作品があるけれど、その中でも私の作品はどこか全く違う感覚のものだったのだと思います。
ジャーウッドはこの賞の後カテゴリーの枠を取り払いアプライドアートをひとつのくくりとしてまたプライズという形ではなく、作家にチャレンジングな新作を発表する場を提供するという形でコンペを続けています。ジャッジも舞踏家だったりファインアートのディレクターだったりとアートの中の枠を取り払う傾向にあることを実感します。

コンドウヒトミ
そこはある意味登竜門的意味や実験の場としてのコンペということなんでしょうか。くくりとしては英国在住であることだったり、何年も活動しているといった実績など応募資格に規定はありますか。

井澤葉子
今までのコンペはどちらかというと中堅以上の人が選ばれる傾向が強く、展示される作品も代表作だったりすることが多かったでしたが、今回の新しいコンペは、英国在住のアーティストでキャリアが10年以内の人で、しかも新作のアイデアを提示してそれをもとに4名が選考されるというものなので、主催者側の意図がよりはっきりしてますね。4人とも全く違ったアプローチでものを作っているのですが、今回の4人のうち一人は昨年エジンバラ・カレッジ・オブ・アートを卒業したばかりで、しかも作品はラピッド・プロトタイプというコンピューターでデザインしてマシーンがそれを立体にするというもので、ある意味クラフトの意義を見るものに問いかける作品をわざわざ選んだのかなとも思いました。

コンドウヒトミ
イギリスではここ数年そういった動きがあるように思います。2008年にSpectacular craftという展覧会がV&A(注1)であったのを覚えています。クラフトに焦点を当てた現代美術?の展覧会をV&Aで行っていて、イギリスのCraftは変わろうとしているんだなと感じました。CollectがV&AからSaatchi Gallery(注2)に変わった際にも、そこに変わるかぁと思いましたから。いろいろな意味で過渡期なんでしょうかね。

井澤葉子
なんか違うところを流れていた川が今ぶつかり合ってるみたいな感じはありますね。ファインアートでもアプライドアートと交差する作品は過去にもあって、ターナープライズ受賞作家のグレイソン・ペリーなんかはもともと陶芸をやっていて、彼は壷という普遍的なオブジェを表現のメディアとして自分のトラウマだとか社会問題なんかを提議することでファインアートの世界で評価をされ、トレーシー・エミンは女性であることに対する思いをキルトのスタイルで表現したりと。
どちらも作品としては個人的なものすごく強いメッセージを含んでいるのだけれど、あえてフォークアート的な手法を使うことでその作家個人を含む社会だとか歴史を見るものにうまく想起させていると思います。
あとイギリスの大御所彫刻家のリチャード・ディーコンは'素材'に興味のある人で、素材をどうコントロールできるか、そしてそこからどんな形状が生まれてくるのかという問いを見ていて感じて、なにかすごくクラフトと共通するものを感じるのですが、彼の場合は実際の作品を制作するのは本人ではなくそれぞれの素材の専門家になるので、現代においては、この点にこだわるかどうかでファインアートとクラフトとでわかれるのかなと思います。
一方で、アプライドアートでもよりファインアート的なアプローチが増えてきていることは事実だと思います。実用性よりもその物が持つ詩情だとかその背後にあるメッセージやストーリーから始まって形ができていく。もうひとつの新しい流れとしては、先ほど紹介したようなコンピューターでデザインをして3−Dにできあがってくる'作品'ですね。これは結構議論の分かれるところではあると思うのですが、その技法をクラフトとして問題視してはじめから度外視するのではなく、それをいかに表現のツールとして使いこなすかという視点に立って、逆にRCA(注3)などでは学生にどんどんチャレンジさせていますね。
ほかのアプライドアートのカテゴリーが素材でくくられてしまうのに対して、コンテンポラリージュエリーは素材を問わないという意味でそうとう面白い分野だと思います。身につけるものという点で制約があるように思われるかもしれないけれど、イギリスのリン・チェンなどの作品を見ると、ジュエリーを軸にいかに幅広く思考をめぐらせることができるかと驚かされます。彼女のアプローチは相当ファインアート的で自分で作るとかいうことは全く問題ではなく、純粋に自分のアイデアを実現するために手段を選んでいくので、時にそれはジュエリーという形すらとらないことも・・・?!

コンドウヒトミ
グレーソンペリーがターナー賞を受賞した際には驚きました。本人は自身のことをポターといい女装趣味があって、当初は手びねりで作ったような壷に虐待やさまざまな問題、マイノリティとしての自分をも含めドローイングしていくことで、社会に投げかけているのだと思いました。個人的なことから端を発していたとしても、社会への強烈なメッセージになるといった強さを感じました。日本という陶芸王国のような土壌であれば、もしかしたら、陶芸の分野にも組み込まれてしまったのではないかと思いましたね。噂では昔イギリスのクラフト系のギャラリーにプレゼンをした際には受け入れてもらえなかったけれど現代美術のギャラリーには受け入れられたと。ありそうな話だとも思いました。日本でも21世紀美術館で展覧会をしていましたね。最近は陶芸から違った素材に移行しているようです。ディーコンは素材と形状についていうなら工芸的な印象もあるので日本人には好まれる作家ではないかと思います。
現代美術といわれるものはやはりコンセプトありきでしょうし、別に本人が手を下さずとも作品に意志が見えればそれで良いということなんだと思います。これだけいろいろな技術や道具が出来てくれば、工芸といわれている中でも、同じようなことはおこってくるのは当然のようにも思います。井澤さんがおっしゃるようにジュエリーの中でも3−Dだから、自分で作ってないからダメといった問題は時々ありますね。コンセプトがあって素材が解放されている分野ですし、私は自分の表現としてのツールを選択した意思もあるわけでからどちらかといえば肯定派です。リン・チェンは面白い作家だなと思います。英国ですごくうけている印象ですが、作品そのものから来るインパクトというよりやはりじわじわとしたコンセプトが響くというイメージがあります。一度お話を聞いてみたいなと思います。
それと英国のジュエリー教育、アカデミズムでのジュエリーについてお教えいただけますか?ロンドンのRCAを卒業して、バーミンガムでアーチスト・イン・レジデンス(注4)されていましたね。私はバーミンガムへ伺ったことがないのですが、日本とはずいぶん環境が異なっているので、日本で勉強されている学生には羨ましい話だと思うんです。ノーマンチェリーさんがトップにいらっしゃるときでしたよね。いかがでしたか?日本人の留学生などもいらっしゃったのでしょうか。

井澤葉子
英国の学校のシステムというのがまず日本とかなり違います。複雑すぎて私には説明できませんが、いろいろと違うルートがあるということです。アート&デザインの場合はもともと専門学校(職業訓練校)だったものが大学に発展したケースが多く、今でも同じ学校に2年制のより専門性の高い(技術中心)のHigher National Diploma(HND)のコースと3年制の学位取得のコース(BA)を併せ持つ大学が多いです。なのでどちらを選ぶかによってその後の方向がかなり左右されます。
ジュエリーの場合HNDではいわゆる'プレシャスジュエリー'を制作する技術を学ぶのに対し、BAでは自己を表現するメディアとしてジュエリーをとらえ、より作家性のある作品を探求します。その先にある大学院(MA)レベルでは、私の場合はRCAでしたが、個人個人の表現における哲学をよりアカデミックなまたはインテレクチュアルな形で深めていくということかなと思います。(学生当時はついていくのに必死でそのあたりははっきり自覚できてなかったなと思いますが。)
RCA卒業後4年半という長い期間バーミンガムのスクールオブジュエリーでアーティストインレジデンス(AIR)として活動の場をいただきました。欧米ではこのAIRのシステムが結構あるようで、学校によっては公募するところもありますが、私の場合は自分から当時校長だったノーマンチェリー教授に頼んで置いてもらったのが始まりでした。(私がAIRを終えた後から公募形式になりました。)必要に応じて学生の相談にのる代わりに、私は学校内のMAのスタジオに無償で場所をもらって制作しました。アカデミックな環境で学生や先生たちからも刺激を受け、制作に集中できたからこそジャーウッドのような賞にノミネートされることにもなったのだと思います。
バーミンガムはイギリス第2の都市にもかかわらず、あまり街として特徴がないことから日本人には人気がなく日本人学生の割合はかなり低かったと思います。でもスクールオブジュエリーは単独で校舎を持ち設備も英国内で1,2を争う(?!)といわれているのでジュエリーを学びたい人には穴場ですよ!

コンドウヒトミ
日本でも専門学校、または大学の金属工芸の中でジュエリーを教えていますが、卒業してからのフォローというか、プロになるまでAIRなどのような恵まれたシステムというのは少ないような気がします。
また、イギリスのギャラリーで不思議だなぁと思うのは、英国では作家の同じ作品でもギャラリーによって価格が異なるということがあります。日本では考えられないことですが、よくありますね。作家はアーチストプライス(Whole sale price)の提示ですし、そこにどれくらい乗せるかはギャラリーによって異なるので多少誤差が出てくるので当然なのかもしれません。より安いところで買おうと思うのが私のような一般人ですが、そのギャラリーで買うこともステイタスのひとつという状況もあるようです。作家、ギャラリー、顧客に共通認識があるから成立するのだと思います。
また、Originなんかでは作家が作品を出すショーもありますよね。ジュエリーに関しては開かれているような感じを受けますが、ギャラリーとしては少し複雑ではないかと思ったりします。

井澤葉子
私が卒業したての頃は、まだあまり同じ街では同じ時期に作品を発表しないようにと契約のときにギャラリーから言われたことがありましたが、私の推測ですが、一時作家が運営する大きな組織があるのですが、それが作家が不利に思う条件をギャラリーに対して提示するみたいな会議があった記憶があって、ある程度作家側の主張が取り入れられてるのではないかと思います。今はいつどこに置いてもらおうと全く自由ですし、作家の価格が一定でギャラリーによって値段が変わるのは仕方ないですね。
Originはもともとロンドンで20年ぐらい続いたChelsea Craft Fairが場所を変えて大きくなったもので、現在はロンドンのSpitalfields Marketで特設テントを設営して年一回開かれています。作家が場所を自分で借りて大体2x2mぐらいの広さのところで直接展示販売するものです(販売価格は自分で経費を出すのでギャラリーの価格です。)作家とお客さんが直接接せられる機会ということでいろんな出会いや会話が生まれ双方新鮮なものがあるのではと思います。国内外からたくさんギャラリーも見に来ていて、この機会に新しい作品や作家を模索したり、エキシビションの依頼が来たりと作家にとっては金銭的なメリットだけでなく可能性を膨らませるいいプロモーションの機会でもあります。私はクラフトフェアに出品するのは今のところOriginだけですがイギリスは全国つつうらうらこのようなクラフトフェアが盛んに行われています。

コンドウヒトミ
ギャラリストが見に来るレベルが保たれているフェアというのはいいですね。ある程度の作家が集まるようなフェアであれば、ギャラリストやキュレーターだけでなく作家や学生も勉強になるチャンスとなるのでいいかもしれません。ギャラリストにとっても、何度も足を運んだり調べたりするよりも、作家の全体像がその場で把握でき、自分のギャラリーの方向にあう作家がたくさんの中から選べるわけですから、メリットもありますね。
作家自身が作家としての最終着地点をどこに置くのかということで、自分の発表の仕方も変わってくるでしょうし、実践しながら自身の立ち位置も模索できて、ネットワーク作りもできるということなんでしょうね。双方にメリット、需要と供給のバランスがとれていなければ、場所を変えて大きくし20年も続いてこないですね。すごいことですね。
そういわれれば日本国内でも今年現代工芸アートフェアというものがありましたが、個人の方が出資し工芸分野の作家を集め、作家がブースに立つという催しだったようです。ある程度のキャリアの作家さんもいらっしゃったので、コレクター向けのフェアだったのか、どういった広がりがあるフェアだったのかは、残念ながら行ってませんので分かりませんが何年かは続けるということも伺ったので来年もあるとは思います。
井澤さんが感じる英国内でのマーケットというのはどうでしょうか。英国のジュエリー作家の作品はコレクターズアイテムというより、作品のコンセプトが強かったとしても、やはりどこか身に付けることに重点を置かれているジュエリーのイメージが強いのですが、いかがでしょう。

井澤葉子
おっしゃる通りですね。イギリスのコンテンポラリージュエリーは'手が届く'感じの作品が多いですね。ジュエリーの面白いところはそういう国によって傾向が大きく違うところかもしれませんね。やはり発展してきた歴史も違いますし。ジュエリーをファッションととらえるかアートととらえるかでも違ってきますよね。
オランダやベルギーなんかはそういう意味では相当アヴァン・ギャルドな作品が多いのですが、これはファッションといっしょでどちらもアートの一部として教育のなかで扱われ、その結果既成の概念を超えた面白いものが出てくると。今実際ファッションのリーダーがこのあたりから出てきていることを思うとジュエリーにも同じような動きがあるのは当然かなと思います。街行く人々を見てもすごく個性的でおしゃれだし、ジュエリーをアート作品として見る下地があるのかなと思います。あと、オランダにはある種の政府からのアート作品を購入する際の補助みたいなものがあると聞きました。ローンみたいなものかもしれませんが、その為、国際的な展示場でもオランダの人はオランダのギャラリーから買うと。そういうアート作品を流通させるシステムというのも重要ですよね。
その点イギリスでは学校教育の中でファインアートとアプライドアート(クラフトはこちらに入る)の区別がはっきりしていて、ジュエリーはやはりクラフトベースで発展してきたという歴史があります。そのせいか小さい世界ながらもそうしたクラフト的な作家物のジュエリーを扱う場所というのは以外に少なくなく、それがコンテンポラリージュエリーのマーケットの基盤になっているところがあって、それが逆に卒業後作家として自立する際の作品の傾向にも多少は影響してくるかと思います。だんだんつけやすいデザインになっていくという。
最近の学校教育のなかでは、かなりコンセプチュアルな方向に持っていこうとする傾向があるので、これからどんな風にコンテンポラリージェリーシーンが変わっていくか楽しみです。そういう意味でも、より革新的なことをしたい人たちに場所とお金を提供するジャーウッドのような存在は貴重ですよね。
私が見たところだいたい作家物のジュエリーを買う層というのは40代以上のかなり高い教育を受けた女性たちで、もちろん彼女たちには作品の背後にある哲学やストーリーを楽しむ知性があり、またそうした自分が認めた'作品'を身に着けることにある種のステイタスを感じるのではないでしょうか。こうして考えると欧米でとくにコンテンポラリージュエリーといものが発展してきた背後には女性の社会的な自立ということがあるのでしょうね。

コンドウヒトミ
オランダはアートやアーチストに対する助成がたくさんありますね。日本語訳になっている「金と芸術−なぜアーチストは貧乏なのか」ハンスアビングというオランダのアーチストで経済学者の著書があるのですが、アートを流通させるためのシステムなど日本にはない羨ましい状況があるんだなと思いました。アートを支えるための仕組みが整っていると違いますよね。ただその本では、それもどうなのかみたいな疑問も投げかけていたかと思います。あるところではまたそれなりに問題もあるんですね。

井澤葉子
まあ、完璧な状態というのはなかなかありえないのかもしれませんが、アートに対する助成という意味でイギリスのアーツカウンシルとクラフトカウンシルの果たしてきた役割はほんとに大きいなと思います。アーツカウンシルは地域ごとに本部を持っていて、主に助成金でそれぞれの地域のアートのいろんな分野をサポートしています。
個人をはじめ、各種団体(演劇、フィルム、音楽関係、学校)と幅広くまたいろんなタイプの活動を支援しています。大きなプロジェクトほどお金がいるので、収入をあてにして客に媚びるのでなく純粋にクオリティを追求した作品を作ろうとするほどこういった助成が必要不可欠になってきます。個人レベルでも作家活動を軌道に乗せるための費用などの助成が受けられます。
もうひとつのクラフトカウンシルはアプライドアートを対象としたサポート団体なのですが、こちらもいろんな活動をしていて、まずは個人レベルで作家をサポートするものとして、さきに出てきたOriginやCollectというクラフトイベントを主催したり、その他もろもろのスキムを設けて若手の作家や中堅の作家そして最近では美術館と共同で、面白い企画をプロデュースする人材としてのキュレーターの応援もしています。あと、雑誌'Crafts'の発行を通して現在のクラフトの動向をいろんな角度から検証しています。 こういうものがあったらあったで内容に関して批判もでてくるのですが・・・うらやましい限りですよね。

コンドウヒトミ
イギリスのジュエリーがクラフトベースで発展してきたという点は日本に近いかもしれません。工芸、特に金属工芸の中でジュエリーを勉強している場合も多いですから。
ジュエリーをアートとしてとらえる素地というのは、残念なことですが正直今のところ日本にはないと言っても過言ではないですね。ファッションの添え物的意味合いが強く、美術業界の方々からも、それはアートではないと一刀両断されている状況ですし。ファッションのほうが理解しやすいということもあるかもしれません。それじゃ、そのアートとは?ということなんです。これが一番厄介ですね。難しすぎます。

井澤葉子
まあカテゴリーを言い出すときりがないですね。でも考えてみると毎年美大を卒業する学生は何万(?)といて、多くの人が美術館に足を運び、趣味で実際にものづくりをする人口が多いことを思うと、そう簡単に日本人にコンテンポラリージュエリーに共感する下地がないとは言えないかもしれないですよ。
結局のところ、どれだけ多くの人に見てもらえるかと、見せ方なのかなと思います。そういう意味でも作家もギャラリーもどんどん仕掛けていくことが大事ですよね。

コンドウヒトミ
当たり前ですが、美大を卒業しても皆が作家になれるわけではなく、プロとアマの違いを理解できるコレクターになれることだってあるわけですしね。
今まではキリスト教がベースにある近代思想の延長線に日本の現代美術もあり、経済もあったのではないかと思います。ただアートの基盤になっている考え方としての西洋のルール、キリスト教的思想を日本人がどこまでそれを受け入れてきたのだろうかと思うんです。(といいながら私自身は10年以上カソリックの学校で教育を受けてきましたので、自然に受け入れている部分もあります。)
今を考えたとき、やはり自分たちの足元にあるものの見直しになるのではないかと思っています。それと、今までは美術そのものが男性社会の中にあったと思います。女性のギャラリストや作家、コレクターも増えてきていますし美術の在り方も変わってきていると思います。その時にジュエリーにチャンスが、日の目の当たる日がくればと願っているんです。もちろん男性にもジュエリーは身に着けていただきたいです。
その国の歴史とともに独自のジュエリーがあります。女性の自立ということでいうなら、西洋と日本のフェミニズムは違うように、歴史的背景文化的背景によって異なった発展を遂げるのが当たり前なんだと思います。日本では男女雇用機会均等法が1986年に施行され、キャリアウーマンといわれる人々がでてきましたが、そういったキャリアがあって自立した女性もめずらしくない現在、女性が自分を物語るためにジュエリーを選択するというのはありだなと思いますし、CAJのお客様の多くは仕事をしている40代以上の女性です。それは井澤さんがご覧になられているコレクターと共通しているところがありますね。ヨーロッパの中でも特に北欧は専業主婦が少なく自立した女性の多い国ですし、美術に対する意識や補助があればコンテンポラリージュエリーが発展するというのは当然といえば当然のことかもしれないですね。女性の自立とコンテンポラリージュエリーというのは面白いテーマになりますね。

井澤葉子
そうですね。普通のいわゆる貴金属のジュエリーはどちらかというとパートナーから'プレゼントしてもらうもの'的な要素があって、そこにはいろんな男女の駆け引きなども伺えますよね。
でもコンテンポラリージュエリーは商業的な目的や伝統的な価値感とは違うところから生まれてくるので、やはりそこにわざわざ価値を見出すというのはとてもパーソナルなことで、自分だけの宝物を見つけるような部分があるかもしれませんね。もっというと誰か知らない人が作ったものにもかかわらずそこに'自分'を見いだすような感覚でしょうか。今はその存在があまり知られてないのでもちろん知られてないわけですが、こういうものを求めている人は結構いるのではと私は思います。(か、思いたい・・・!)
近藤さんもご指摘の現代美術と同じように、今私たちが'Jewellery'と呼ぶものは紛れもなく西洋のものがベースになっていて、私自身も常に'なぜジュエリーなんだろうか?'と問うことはしばしばです。
私個人としては、もともと宝飾品には興味がなく、どちらかというと単純に金属による立体造形の面白さといったことに興味があって、始めたのですが、やっていくうちにどんどんと金属から離れていって、今のような作風に至ったわけです。
そこに至るまでは紆余曲折がありましたが、考えてみると、コンテンポラリージュエリーはそれぞれの世界観みたいなものが凝縮された形で表現できるメディアのように思います。ある種の制約がある中にそれぞれの世界観をこめるという意味では、表現方法としてすごく日本人に向いているとも思います。素材の選び方や扱い方ひとつ見ても、西洋のジュエリーの根底にある'永遠'とは正反対の価値感というかほとんどそれは日本という風土に根ざした独自の感覚なんだと思うのですが、を見出されるものが多いですし。
今の日本のコンテンポラリージュエリーの作品を見ると、近藤さんの言われる脱近代的なことが起こっているのかもしれませんね。か、脱近代的な要素を持ったものがコンテンポラリージュエリーなのかも知れません。

コンドウヒトミ
今まではイギリスのジュエリー事情についてお話いただいたのですが、井澤さん個人の作品の方向性について今後のことを少しお話していただければと思います。秋には展覧会も行いますので、是非よろしくお願いします。

井澤葉子
自分の話をするのが一番難しいですね。 イギリスに来てからは自分の意思というよりは何か縁のようなものに導かれてここまで来たように思うので、さあいったいこれからどうなることやら・・・!
少し思うのは、これからは自分の作家としての活動とは別に、リセットする意味でも少し違ったプロジェクトにも参加したいなということです。昨年はポーランドのレグニツァで行われた'銅の鉱石'をテーマにした1週間のセミナーに参加して、実際地下1キロの銅の採掘場や精製工場を訪れたりして、セミナー後半に'その経験'からそれぞれ作品を作るというものすごく漠然としたものでしたが、予想外の結果がうまれてとても貴重な体験でした。それが後にどうつながるのかは全くわかりませんが自分でも知らない扉が開かれるような感じで、こういうインタラクティブな活動をもっとできるといいかなと思います。自分が参加するもの自分が主催するもの両方含めて。
あとは、これは近藤さんや他の日本の作家の方々と思いは一緒だと思いますが、なんとか日本でコンテンポラリージュエリーを広めていきたいですね。日本内外で活躍する日本人の作家人口は決して少なくないですし、海外の作品も含めるとこんなに面白いものが新しいもの好きな日本で知られていないのが不思議な気がします。ちょっとしたプロモーションの工夫が必要かもしれませんね。CAJ48とか・・・?
お後がよろしいようで。どうもありがとうございました。

コンドウヒトミ
あはは。CAJ48ですか。エネルギーいりそうですねぇ。インタラクティブな活動、秋に一つ出来そうでしたらまたお知らせします。いろいろ教えていただけてよかったです。ありがとうございました。

 
注1)V&A:ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館。アート&デザインを専門分野とする。    ⇒元の場所へ戻る
注2)Saatchi Gallery:ロンドンにある現代美術専門の美術館。    ⇒元の場所へ戻る
注3)RCA:Royal College Of Art。ロンドンにあるアート&デザインに特化した大学院。    ⇒元の場所へ戻る
注4)アーチスト・イン・レジデンス:作家に仕事場を提供し一定期間制作をさせる施設。    ⇒元の場所へ戻る
⇒ページトップへ戻る

 

 


Copyright (C) 2008 gallery C.A.J. All rights reserved.