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第6回  周防絵美子×コンドウヒトミ>>>プロフィールはこちら

コンドウヒトミ
周防さんとは、初めてゆっくり話をする機会が持てたのは五島記念文化財団の新人賞を受けて海外にいらっしゃる時でしたね。シェンゲン協定(詳細後出)もあり、どこかの国へ行っては、他の国へ行き、研修でひとところに滞在をしていなかったので、相当大変そうでしたけど・・・そんな機会が持てるなんて少しうらやましかったです。
そんな中でお会いし数日ご一緒できたのは私にとってもいい経験でした。あの時はいったい何時間話をしていたんでしょうね。

周防絵美子
そうですね〜、エジンバラでのあの長〜い夜・・・よくしゃべってよく飲んで・・・日本から来たヒトミさんは時差ボケもあって、気づけば朝でしたね。それまでゆっくりお話しすることもなかったのに、もう旧知の仲のようにリラックスできたのは海外だったからということもあるのかもしれません。お互いのキャラクターを知るうえでいい時間でしたね。

日本では「シェンゲン協定」という協定についていったいどれ程の認知度があるでしょう?
わたしは全く知りませんでした。

「シェンゲン協定」を大雑把に説明すると、シェンゲンに加盟している国は一つの国とみなし、シェンゲン加盟国内には3カ月しか滞在できない。更に、3カ月滞在したら3カ月間はシェンゲン加盟国に再入国できない、というもので、ヨーロッパの殆どの国が加盟しています。移民や不法滞在者対策なのでしょう。
そんな協定があるということをオーストラリア在住の日本人ジュエラーの方から聞いた時は茫然としました。それまで考えていたプランを白紙に戻し、「シェンゲン協定」について慌てて調べ始め、調べれば調べるほど「これはエライコッチャ!」となりました。「シェンゲンには加盟しているがまだ発令していない。いつ発令されるかわからない」という国も多数ありました。下手に入国して協定が発令されでもしたら3カ月以上の滞在となり、不法滞在者となってしまいます。

あの時もヒトミさんには色々と相談に乗っていただいたり、滞在先をご紹介していただいたり、本当にお世話になりました。1ユーロ=180円、1ポンド=280円という信じられない程の円安でもあり、居候させていただいた皆様には心から感謝しています。

円高の今、ヨーロッパ方面に観光ビザで放浪の旅をしたいと思っている方は「シェンゲン」についてよく調べてから渡欧して下さい。

コンドウヒトミ
周防さんはご自身に課されている自身の作品の模倣を繰り返さないということもあり、展覧会をされれば、必ずといっていいほど新しい一手を出しているということにいつも驚きます。それでいて新作は別物として生まれているのではなく周防絵美子という人の気配が必ず残っている。作家として意志の強さのようなものを感じます。

周防絵美子
私はある程度同じシリーズで作品をつくると、つくらなくても頭の中でモノが完成してしまってワクワクしなくなるんです。そうなると「制作」というより「作業」になって飽きてしまう。つくらなくてもどんなモノになるかわかっているからいいや・・・ってなっちゃう。それよりもまだ「ぼんやりとしか見えていないモノ」をかたちにしてみたくなるんです。
イロイロな種を蒔いているような感覚で、種が発芽してある程度育ってきたらまた違う種を蒔く。木はそれぞれに枯れることなくわたしの中で勝手に育っているんです。時にはそれらを接ぎ木して遊んでみたりもしています。
一本の大木を育てるのではなく、イロイロな木々が茂る森になればいいな〜と思っています。

コンドウヒトミ
新人賞を取られてヨーロッパに行かれる前には、日本の中で金属の周防さんというイメージが強くあったように思います。ご自身の育ってこられた環境や、大学で勉強し影響を受けたこと、作家として生きていく方向に自然に金属があったのでしょうか。

周防絵美子
そうですね、父が彫金家だったため、生まれた時から金属は私にとって一番身近な素材でした。工房には常時職人さんが5〜6人はいたでしょうか。金属を溶かしたり、叩いたり、くっつけたり・・・驚くほどのスピードで形がどんどん変わっていく・・・さっき溶けていた金属があっ!という間にピカピカな指輪に大変身!!!そんな光景が日常でした。
金属は私にとって一番身近であると同時に、一番自由にできる柔らかな素材という印象があったのです。その影響もあって、大学でも金工を専攻しました。
でも実は、金属が身近にはあったものの実際に扱ったことは殆どなく、アノ、あっ!という間に大変身!!!が正に「職人技」だったということ、どれだけ凄いことだったのかということをこの時になってはじめて思い知らされました。そうして改めて金属という素材と向き合うことになったのです。

コンドウヒトミ
また、テクニカルな部分を含め国籍のあるジュエリーだなと思います。日本人が作っているジュエリーだとすぐに分かる。CAJでは周防さんの金属のジュエリーのファンはアメリカの方も多いですね。皆さん口を揃えて日本のコンテンポラリーだとおっしゃるのが面白いなと思ってみています。見た目の奇抜さやコンセプトというより、身につけた時に成立するジュエリーという印象もありますね。

しかし、帰国されてからはワインのコルクを用いた作品をメインに発表されていますね。ミキモトホールでの帰国展では、お知り合いの方も含め、金属の周防さんがこうきたのかと驚かれた方も多かったのではないでしょうか。
きっと、ご自身の中で、この研修を通して変わったこと、そして変らず確信できて帰ってこられたところがあると思うのですが、そこの部分を少し伺いたいなと思います。

周防絵美子
そうですね、私のつくるジュエリーは金工作品だったのです。人体に装着することを限定とした造形物、そして、ジュエリーを装着した人体と空間との関係に興味がありました。
ジュエリー作家というより、金属造形家です。金属という素材が先ずあって、そこからスタートしています。
日本のジュエリー作家の中には私の様なタイプの作家が多いと思います。それは学校教育に原点があって、殆どの大学は金工科がジュエリーもカバーしています。彫金教室というのも考えればおかしなネーミングですよね。彫金教室で本当に金属を鏨で彫ることを教えている教室がどれだけあるでしょう?一般の方は彫金教室=ジュエリー教室と思っているのではないでしょうか。
また、日本人はよく「素材の声を聞く」と言いますよね。でも海外ではそれは通じない。海外では「素材は語らない」と切って捨てられます。でも、言い方を変えれば、日本人は「素材から何かを感じとる力」があるのだと思います。「素材が語っている」のではなく、「素材から勝手に何かを感じ取って、勝手に解釈している」のです。日本人の持つ情緒性でしょう。それは海外の人にいくら説明しても分かってもらうのは難しいかもしれません。

話を元に戻しましょう。
わたしは帰国後、コルクの作品を発表しました。確かに驚かれた方が多かったようです。今まで金属を使わないジュエリーを発表したことはありませんでしたから。
金属造形家としてのジュエリーではなく、ジュエリー作家としてジュエリーをつくってみようと思ったからです。金属造形としてのジュエリーは当然金属をつかう必要がありますが、ジュエリーをつくるとなれば、今や素材は無限にあります。その中でなぜコルクだったかというと、渡欧中に友人とワインを飲んだ際に「今夜の思い出に!」とその時に空けたワインの栓を渡されたのです。それを画鋲で留めてブローチにして一緒に旅をしました。小難しいコンセプトではなく「あ〜、これがジュエリーなんだ」と、自分の中でストンと落ちたというか、納得したというか、、、。それから旅先でコルクを使った作品をつくり始めました。

皆さんの目にどう映ったかは分かりませんが、素材は変わってもやっぱりわたしの作品は「工芸的」だと思います。
「After the Party・・・」宴の余韻を身に着ける、というコンセプトですが、コルクという素材の特徴を理解し、それを活かした表現にしようとするアプローチの仕方は正に工芸的です。この「工芸的なジュエリー」というのが、私にとってはキーワードかな?と思っていますし、日本のコンテンポラリージュエリーの一つのあり方だと思っています。

コンドウヒトミ
ざくっと言い過ぎますが、ものを擬人化したり、日本人には西洋と異なる感覚があります。それをきちんと説明するには宗教からスタートしないといけないし、文化的背景も異なるから一言では語りつくせませんね。色々なことをトータルで考えたときに工芸ということは重要になってくると思いますし、私も日本のコンテンポラリージュエリーを語るときに、工芸ということに関してはきちんとおさえておかなければならないと考えています。その話はまた次回にとっておくとして、ヨーロッパのジュエリーのギャラリーや学校などいろいろまわられたと思うのですが、いかがでしたでしょうか。研修というカタチでどっぷり入ることをしなかったからこそ、見えてくるものもあったかと思うのですが。

周防絵美子
旅の最初に選んだのはミュンヘンでした。
毎年3月にミュンヘンで開催されるSchmuck(注1)に行かれたことのある方はご存知でしょうが、その期間は世界中のジュエラーやギャラリストが一堂にミュンヘンに集まります。それはそれは気持ち悪くなるくらい沢山・・・(笑)茫然とする程の数で全員がジュエリー関係者です。そして各々が作家として活動しているのでしょう。
これだけの作家が活動できる市場があるのか?どうやって生計を立てているのか?そのことに興味が湧きました。訪れた国々で作家に会えばそのことについて聞いてみました。その結果、作品だけで生計を立てているのはほんの一握りだと知りました。ヨーロッパの作家も作品だけで生計を立てるのは難しいのですね。
私はもっと多くの作家が作品で食べていて、そうした市場があると思っていました。でも実際は名の知れた作家は先生を生業にしている人が多いし、多くの作家は何らかのアルバイトをしながら制作活動をしているのが現状だったのです。でも、さすがにジュエリー専門のギャラリーは多いし、ギャラリストは厳しい目を持っていて自分のギャラリーの作家をしっかりサポートするという、ギャラリーとして当たり前の仕事をしっかりしていますね。

学校に関しては、単に比べるのは難しいですね。日本でも大学、短大、専門学校と時間もカリキュラムも目的も違う。ヨーロッパはもっとずっと複雑で、わたしには説明できません。
ただ海外の学生の目的意識は日本の学生とは比べものにならないくらいしっかりしていますね。何を学びたいか、学ぶべきかが個々にハッキリしているように思います。子供の頃からその時々で自分は何をしたいか、何をするべきかを親と話し合い、考え、判断する、という訓練をしているのだそうです。「考える」という行為が癖になっている、とでもいうのでしょうか、考えなくても「考える」ことが出来ている。指導する側は指導しやすいのではないでしょうか。
「コンセプトがなくてどうやって作品をつくるの?」と言われたことがありますが、「感じる」ではなく「考える」ことから始まっているが故の言葉でしょう。

コンドウヒトミ
この秋私は韓国の清州国際工芸ビエンナーレ利川の国際陶芸ビエンナーレと日本の伊丹の国際ジュエリー展、そして、「OPEN MIND」という大きなジュエリー展と4つの工芸系の国際展を見る機会がありました。ヨーロッパだけでなくアジアの動向、特に韓国のジュエリーには興味もあり、訪れました。
この4つのビエンナーレ、展覧会はそれぞれにきちんと方向性があるので、リサーチができてよかったなと思いました。
清州ビエンナーレはいわゆる工芸全般のビエンナーレなのですが、今年のタイトルが「有用之物」ということで、受賞作品に奇抜なものはなく、比較的コンサバな正統派の受賞作品も多かったように思います。
このビエンナーレにはジュエリーも入っているのですが、金属工芸に属している審査員はいたとしてもジュエリー専門の審査員がいなかったかもしれません。残念ながらヨーロッパで似たような作品もあるのになぁと思うこともありました。それぞれの専門分野の審査員がそろっていないと工芸全般を審査するというのは、難しいということを感じました。
ただ受賞の賞金などはとてもいいビエンナーレですし、若い作家の育成や援助になると思いました。日本からも出品者は増えていますが、アジアで近いですし入選したら行ってみるぐらいの気持ちで応募するのはいいかもしれないですね。

また、利川の陶芸ビエンナーレは、陶芸ということにくくられているのですが、ガラスや、鉄なども組み合わされている作品、ジュエリーももちろんありましたが、ビデオアートや写真など、土をモチーフにしたものであれば何でもアート化し提示されていて時代を感じることが出来ました。そこからの発展がどのようにあるのか分からないのですが、陶芸のビエンナーレとしては分野の中ではよく知られているようです。

そして、伊丹の国際ジュエリー展。最近の国際展には珍しく一時審査が写真ではないというのが、なんとなく日本らしいかもしれないと思っています。今回は光をジュエリーにしている方も入選していましたので、物から離れてコンセプトが重要になってくることもあるかもしれませんし、日本の国際ジュエリー展もどのようになっていくのか楽しみですね。

また、この11月周防さんがソウルで「OPEN MIND」というジュエリーのグループ展に参加されていたのでご一緒させていただきましたね。キューレターが選んだ世界の作家62人の大きな展覧会でした。本当に刺激的でいい展覧会だと思いました。カタログも何度も開いて楽しんでいます。
展示の方法としては作家の名前も提示せず、しかもジュエリーをすべて額縁を付けた平面作品として提示。いろいろな意味で大変だったろうなと思いますが、見る側としてはとても面白い展覧会で、ジュエリーの歴史とこれからを感じさせるものでしたね。日本でも是非行っていただきたいと思うのですが、なかなか難しそうですのでソウルまで行っても若い作家や学生さんにも是非見ていただきたいです。これは宣伝しないとと思いました。特化することで見えてくる現在(いま)があるなと。この秋のビエンナーレやコンペ展覧会を見て思いました。
周防さんは日本人としては2人しか出品されていませんでしたが、この「OPEN MIND」どのようにご覧になられましたか?

周防絵美子
ちょうど一年前でしょうか、展覧会への出品依頼が届きました。その後、展覧会の詳細を見て初めて大規模な展覧会だと分かり驚きました。アジアでこれだけの規模のジュエリーだけの展覧会が開かれるのかとワクワクすると同時に、出品作家を見て日本からの出品はわたしだけだということも分かり残念に思いました。この展覧会は日本では「知る人ぞ知る展覧会」で終わってしまうだろうと思ったからです。これだけの規模のジュエリーの国際展がアジアで開かれるのは恐らく初めてでしょうし、今後いつ開かれるやら?
展覧会は年代順に部屋分けされていて、最初の部屋などはカタログでしか見たことがない作品のオンパレードでした。美術館にコレクションでもされていない限りは実物を目にすることはできないでしょう。やはり実物はいいですね!この部屋を見ただけでも来た甲斐があったと思いました。部屋を進む間に、同じ作家の作品に2度3度出会うこともありました。時代の流れを感じながら挑戦を続けている証ですよね。
ただ、個人的には1980年代〜現代にもう少しアジアのジュエリーが入ってもいいんじゃないかな〜?と思いました。出品作家がヨーロッパに偏り過ぎているかな?という印象は否めませんでした。キャプションがなく、額縁で囲うことによって作品だけに集中できる展示の中で、アジアのジュエリーがどの様に見えてくるのか見てみたかった。
最後の部屋は正に今のコンピューター技術を活かした、人間の手の跡がまったく感じられない作品群で「さあ、ジュエリーはここから先どこへ行く?」と、見る側に問いかけているかのようでした。

「さあ、何処へ行く?」この続きはあの長い夜のように、ワインでも飲みながら一緒に考えましょうか・・・。

 
注1)シュムック:ドイツ・ミュンヘンで毎年行われるコンテンポラリージュエリーの国際公募展   ⇒元の場所へ戻る
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